恋愛

映画【マイ・ブルーベリー・ナイツ】おつまみ【鶏ササミのパン粉焼きバジルソース】

画像引用:© Block 2 Pictures 2006

この映画はこんな人におススメ!!

●瑞々しい映像を堪能したい人

●失恋直後の人

●ニューヨークの雰囲気が好きな人

●心の旅を体験したい人

タイトルマイ・ブルーベリー・ナイツ
製作国香港、フランス、中国
公開日2008年3月22日(日本公開)
上映時間95分
監督ウォン・カーウァイ
出演ノラ・ジョーンズ、ジュード・ロウ、
レイチェル・ワイズ、ナタリー・ポートマン、デヴィッド・ストラザーン

失恋を乗り越えたい時に観る映画

世に数多ある恋愛映画の中でも、

群を抜いて多いのが失恋物語です。

ポップソングでもそうですが、

視聴者の共感を得やすい鉄板ジャンルとして今も昔も君臨しています。

今作もその例から漏れない失恋を扱った映画ではあるのですが、

そこは香港の巨匠ウォン・カーウァイ監督作品、

決して一筋縄ではいかない様な捻った作品に仕上がっています。

1990年の【欲望の翼】や1994年の【恋する惑星】で見せた、

詩的なモノローグを多用した登場人物達の感情表現や、

色彩豊かな照明とハイスピード撮影による時間的歪みを感じさせる表現、

そして舞台となる町の体温を感じさせる様な雑然とした美術やロケーション。

都会生活者達の孤独と、

人生に於ける一時の気怠いエアポケットの様な時間感覚。

ライ・クーダーによる叙情的な音楽が登場人物達の焦燥や乾きを如実に表現し、

その瞬間にしか存在し得ない奇跡的な空気を見事にフィルムに封じ込めています。

それまでの作品で特徴的だった香港のじっとりとした湿気のある質感とは異なり、

冬のニューヨークの街角に灯る一軒のカフェのじんわりとした温もり。

ウォン・カーウァイ作品と言えば必ずセットで語られる

カメラマンのクリストファー・ドイルが今回はいないにも関わらず、

やはりウォン・カーウァイ監督独特の色彩や映像美が踏襲されていて

そこに彼の強烈な作家性を感じます。

そして監督のライフワークでもある都会生活者達の孤独。

映画監督とは往々にして同じテーマやモチーフを繰り返し表現するものですが、

何かを大切な物を失った者達の心に居座る喪失感と、

そこから前に進むまでの引き伸ばされた様な時間感覚。

それらを映像や音楽を含めた「雰囲気」で楽しむ映画になっています。

引き伸ばされた時間、客観的な視点

画像引用:© Block 2 Pictures 2006

今作の撮影で特に目を引くのは、

ガラス一枚隔てた特徴的な移動ショットの多用です。

大きな失恋に心を痛めた主人公のエリザベス(ノラ・ジョーンズ)が

偶然立ち寄った一軒のカフェ。

ニューヨークの片隅にひっそりと佇むその店の通りに面したガラスには、

所狭しとメニューを知らせる文字やイラストが描かれています。

この店の中でのエリザベスとオーナーのジェレミー(ジュード・ロウ)の

会話シーンが作中の前半を埋めるのですが、

その悉くがこのガラスを隔てたショットで描かれていくのです。

まるで誰かが店の外から中を覗き込んでいるかのような視点。

この一種異様な客観的視点が実に今作では功を奏しているのです。

私達観客は言わずもがなスクリーン越しに彼等の一挙手一投足を眺めている訳です。

そこには時間的・空間的隔たりがあります。

しかし映画を構成する視点そのものに客観性が加わると、

私達観客との距離感は逆に彼等に近付き、

私達自身がその場でガラス越しに彼等の会話を聞いている様な感覚になっていくのです。

これは本当に不思議な効果をあげています。

閉じられた彼等しか存在しない筈の空間に、

確かにいる様な錯覚を持つ事が出来る。

彼等の詩的なモノローグがこの映像と重なると、

まるで耳元で囁かれているかの様な近しさすら感じるのです。

とてもミニマムな空間での引き伸ばされた様な時間感覚なのですが、

どこか観た事のある記憶の中の風景の様に、

私達の心に直接刺さってくる様な物語へと、

映像そのものが誘ってくれるのです。

おつまみナイツ

今日のおつまみは【鶏ササミのパン粉焼きバジルソース】です。

今日のおつまみは【ブルーベリーパイ】ですと言いたい所だったのですが、

流石にそれはちょっと無理なので、

いつもながらのお酒に合うメニューとなりました。

付け合わせに豚肉のネギ巻きも添え、

大分ボリューム満点の一皿になりました。

失恋を乗り越える為の映画鑑賞もいいですが、

まずは腹が減っては何とやらですよね。

自分探してから戻ってくる場所

画像引用:© Block 2 Pictures 2006

エリザベスは失恋の痛手を吹っ切る為にニューヨークを離れ旅に出ます。

当てのない自分探しの旅は、

メンフィスでのアル中の警察官とその若い妻との出会い、

或いはラスベガスのカジノでの勝気の美人ギャンブラーとの出会いを経て、

またニューヨークに舞い戻ってきます。

彼女は旅先から返信不要の手紙をニューヨークのジェイミ―宛てに

送り続けていました。

それは恰も自分自身への手紙の様に、

見たもの感じたものから少しづつ自己を見つけていく行程の証の様なもの。

5000マイルもの距離を隔てて逆に心の距離を縮めていった二人は、

遂にニューヨークで再会を果たし恋の始まりを予感させてエンドロールとなります。

我々日本人の感覚よりも、

アメリカという大国に於ける出会いと別れはスケール感が違うのかも知れません。

街を離れるという事は永遠の別れをも意味する様な。

そこに人種だったり宗教だったり様々な多様性が複雑に交錯している社会。

香港出身のウォン・カーウァイがアメリカで映画を撮るという事に、

少なからずこの「アメリカ」的な文脈が影響を与えた事は想像に難くありません。

思えば主演のノラ・ジョーンズもインド系アメリカ人。

ジュード・ロウはイギリス人俳優。

同じくイギリス人のレイチェル・ワイズ。

どこか刹那的で一所にいても尚旅をしている様な浮遊感があるのは、

そう言ったアメリカという多人種国家の空気感がそうさせているのかも知れません。

主演のノラ・ジョーンズもテキサス州ダラスから旅行のつもりで訪れた

ニューヨークで本場のジャズミュージシャンに触れ、

そのまま旅から帰らずにウェイトレスとして働きながら音楽の道を歩んだ人物。

俳優としてのデビューを飾った今作でも飾らない自然体の演技が印象的でした。

ウォン・カーウァイ独特の映像美とアメリカという国が持つこの解放感とが、

奇跡的な配合でミックスされたオリジナリティ溢れる作品になっています。

失恋を乗り越えたい時に観る映画。

人は何かを失って初めて何かを得る事が出来るのかも知れません。

またそれまでの生活を捨て、

旅に身を置く事で見えてくる自分自身の本当の姿。

ジェイミーのカフェでは不人気で

いつも誰にも注文されずに残ってしまうブルーベリーパイ。

そんな残り物にこそ誰かにとっての

細やかながら確かな幸せがあるという寓意。

ウォン・カーウァイのさり気無い詩的なセンスを随所に感じられる、

まるで良質な一篇の小説の様に行間を味わえる映画になっています。

失恋に心を痛めた夜なんかには正に打って付けの、

ロマンチックでちょっと変わった恋愛映画のおススメでした。