サスペンス映画

映画【怪物】おつまみ【冷やし中華】

画像引用:©2023「怪物」製作委員会

この映画はこんな人におススメ!!

●自分をマイノリティだと感じる人

●他人に理解して欲しい人

●他人を理解したい人

●物事の本質に迫りたい人

タイトル怪物
製作国日本
公開日2023年6月2日
上映時間126分
監督是枝裕和
出演安藤サクラ、永山瑛太、
黒川想矢、柊木陽太、高畑充希、
中村獅童、田中裕子
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多様性を考える時に観る映画

今作は第76回カンヌ国際映画祭で2つの賞を受賞しました。

1つは坂元裕二による綿密に作り上げられた脚本に脚本賞が贈られ、

もう1つはクイア・パルム賞という聞き馴染みの無い賞が贈られました。

この賞は主にLGBTQに関連する映画に与えられる独立賞で、

2010年の第63回カンヌ国際映画祭から新設されています。

つまりこの【怪物】という作品は、

セクシュアル・マイノリティを扱った映画であり、

近年至る所で叫ばれる「多様性」というものを1つのテーマとしています。

是枝裕和監督のカンヌ国際映画祭でのインタビューの文脈の中での、

「LGBTQに特化した映画ではない」という発言が、

一部で歪曲して捉えられ炎上したという経緯。

ここには様々な立場の様々な考え方の人達の意見があるとは思いますが、

映画を観た一観客としてやはりこの作品は人間の本質的な暗部に迫った、

鋭い映画であると強く感じました。

性差別だけを問題視したのではなく、

またその差別に対する局地的な批判をしたいのでもなく、

正に映画を観ている我々一人一人の中に都合良く切り取った印象によって

差別をしている面があるのでは無いかと提起しているのだと感じました。

その為に物語は黒澤明監督のかつての名画【羅生門】の様に、

複数の登場人物の異なる視点で同じ出来事を見せるという、

多視点構造を取っています。

本当の意味での多様性というものを考える時、

自分だけのフォーカスや露出では実像を写す事は出来ない。

凝り固まった固定概念こそが我々の心に巣食う「怪物」であり、

無意識で色んな事を差別化し排除しようとしてしまう。

この作品は人間の暗部を冷静な視点で炙り出す強烈な映画なのです。

間違いだらけの世界

画像引用:©2023「怪物」製作委員会

物語は3部構成で描かれていきます。

安藤サクラ演じる母親は夫に先立たれ、

シングルマザーとして小学5年生の一人息子を懸命に育てています。

この母親にとって学校の担任の体罰教師や、

責任を追及しようとしない校長を始めとした学校責任者達は正に「怪物」でしょう。

対してその体罰教師として弾劾された

永山瑛太演じる新任教師にとっては、

血相を変えて学校に乗り込んでくる母親も、

自分の正当性を汲んでくれない同僚教師や校長も得体の知れない「怪物」です。

そして小学5年生の2人の少年にとって、

自分達の存在を理解する事の無い世界そのものが

「怪物」の様に感じられるのでは無いでしょうか。

この世界は元より不平等で不完全で不条理に出来ています。

そして人間は身勝手で自己中心的で不寛容な生き物です。

間違った認識、間違った解釈、思い込み、偏見などが

怒りを膨れ上がらせて、やがて相手を攻撃し始めます。

そこには常に物事の一面しか見ない人間の不正確さが遠因としてあります。

相手の立場になって考えてやれと多くの人は言いますが、

それは言うは易く行うは難しというものでしょう。

世界とはそもそもが間違いだらけの場所であって、

我々が真っ先に知らねばならない事は、

不正確な意見や考えが不正解なのでは無く、

正解が一つでは無いという事なのでは無いでしょうか?

大人は子供に言うべきだったのだと思います。

どちらか一方だけが正しい事なんてこの世には無い。

それが「多様性」というものだという事を。

食の多様性

今日のおつまみは【冷やし中華】です。

6月にして既に真夏日。

また酷暑がすぐそこまでやってきています。

我が家も耐え切れずに早々と冷やし中華始めました。

この一皿で見事に完結した多様性の絶景ぶり。

それぞれに違った味と個性を持った具材が、

この後グチャグチャに搔き混ぜられ一つになっていきます。

混然一体となった初夏の香りは私達に教えてくれます。

冷やし中華に正解・不正解など無い。

認め合って感謝と共に麺を啜れと。

生まれ、変わる

画像引用:©2023「怪物」製作委員会

2人の少年は自分達が「普通」では無いと感じています。

周りの同級生達とも違う。

世間の一般常識とも違う。

親の理想とも違う。

自分は誰とも違って「普通」では無いから「怪物」なのかも知れない。

これはジェンダーに限らず、誰しもが一度は考える事では無いでしょうか?

つまりはアイデンティティの確立というものなのかも知れませんが、

人は常に自分が「何者」であるのかと自分に問い続けながら生きていくものです。

そしてそれには都合の良い「答え」はありません。

ただ生き辛く、窮屈で、救いが無い様に思ってしまう事もあります。

この映画は誰もが物事の一部を見ただけで他人を判断してしまい、

それが差別や偏見に繋がっていくという警句を発しています。

ですがそれ以上に現に今、救いが無いと一人で抱え込んでしまっている人に対して、

正解は1つでは無いという事を表現しているのだと思います。

映画や芸術で社会が変わる事は早急には期待出来ませんが、

人一人の苦しみを変えてしまえる力はあると思います。

映画の中で2人の少年は「生まれ変わり」に言及します。

自分の今の生き辛さに逃げ道が欲しかったのかも知れません。

しかし映画のラストで「そんなのは無いよ」と片方が言うと、

「よかった」ともう片方が答えます。

これは本当に映画史に残る救いの台詞に聞こえました。

生き直す事では無く、今のまま、自分のままで生きていけると

少年達が知った瞬間だったのでは無いでしょうか。

多様性を考える時に観る映画。

人は誰しも他人と自分を比べて引け目を感じたり妬みを持ったりします。

自分と違う人間を差別し、偏見の眼を向けます。

変わらなくてはならないのは、社会では無く私達一人一人です。

強くなる事でも、賢くなる事でも無く、

自分のままで、そのままの誰かを認められる様になる事。

そうすればそこにはもう、「怪物」は存在し得ない様に思います。