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こんにちは!ころっぷです!!
今日の映画は【スターシップ・トゥルーパーズ】です。
1997年公開のアメリカのSF映画。
監督は1987年の【ロボコップ】や
1990年の【トータル・リコール】など、
SFアクション作品でヒットを連発していたポール・バーホーベン。
公開から30年近く経った今でも、
カルト的な人気を博する
観る者の価値観を試す賛否評論の怪作です!
この映画はこんな人におススメ!!
●ちょっと変わったSF映画に興味がある人
●クリーチャー物が好きな人
●戦争映画が好物な人
●ナショナリズムに違和感を持っている人
| タイトル | スターシップ・トゥルーパーズ |
| 製作国 | アメリカ |
| 公開日 | 1998年5月2日(日本公開) |
| 上映時間 | 129分 |
| 監督 | ポール・バーホーベン |
| 出演 | キャスパー・ヴァン・ディーン、 デニス・リチャーズ、ディナ・メイヤー、 マイケル・アイアンサンド |
強烈な皮肉に打ちのめされたい時に観る映画
1997年公開というと随分と昔の様に感じてしまいます。
この映画が日本で公開された時は高校生でした。
映画館に観に行ったとかでは無く、
多分公開後数年経ってからレンタルビデオで観た様な記憶があります。
そしてその時はこの映画の真意に今一つピンと来てもいなかったのです。
よくある異星人との戦争映画。
地球を守る為に命を掛けて戦う若き兵士達の姿を通して、
勇気や希望を鼓舞するSFアクション映画だと思っていたのです。
しかしオランダが生んだ奇才・ポール・バーホーベン監督は
そんな単純で画一的な作家では無かったのです。
これは戦争プロバガンダ映画に対する痛烈な皮肉であり、
第二次世界大戦を祖国で経験している監督による、
ナチズムやナショナリズムに対する批判でもあるのです。
人間が他民族に対して行ってきた迫害・排斥の歴史。
憎しみが負の連鎖を生み壊滅的な破壊をもたらした歴史。
そしてその裏には常に特権的な支配階級によるマインドコントロールが敷かれ、
最も無力で無知な一般市民が多く犠牲を払う事になる現実。
この有史以来何度となく繰り返されてきた人類の愚かな遺産を、
SFという虚飾のベールで覆い、
隠喩的に大国のナショナリズムを皮肉ったのが、
この【スターシップ・トゥルーパーズ】という
映画史に残るカルト作品なのです。
人生は近くで見ると悲劇、遠くから見れば喜劇

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物語は3部構成になっています。
序盤は主人公のジェシーと周辺人物達の学生時代を描いています。
これが一昔前の学園ドラマの体で
敢えてベタな設定と演出で完全にパロディ化した作りになっています。
中盤は地球連邦軍に入隊したジェシー達新兵が
ブートキャンプでしごかれ兵隊として成長していくストーリー。
ここでも数多ある戦争映画のパロディ的なシーンが散見出来、
戦意高揚CMやベタな友情物語を強調した演出の中に
監督の皮肉が込められていると感じます。
そして映画終盤は異星人との激しい戦闘シーンで埋められていきます。
全篇がパロディであるとはいえ、
しっかりと感情移入させるし主人公達を応援してしまうのですが、
第一次世界大戦時の様な歩兵部隊の地上戦で、
人がまるで蟻の大群の様に戦場に散っていく姿には
強烈なメタファーを感じずにはいられません。
戦争の大義や名誉をチラつかされて意気揚々と戦地に立ち、
初めて命の危機をリアルに感じ恐怖に捉われる姿。
戦争とはどこまでもリアルであり、
思想でも理想論でも無く「死」と隣り合わせの現実なのです。
世界の警察として世界中の僻地で戦ってきたアメリカ兵達の姿が、
そこに重ね合わせられているとしても勘ぐり過ぎとは言えないでしょう。
おつまみのプロバガンダ

今日のおつまみは【カナッペ】です。
全粒粉的な薄切りのパンにクリームチーズを塗り、
鶏ササミとミニトマトを乗せた方にはジェノベーゼソース。
バナナは蜂蜜をまとわせソテーしたものを乗せました。
これがまた白ワインにピッタリ。
おつまみは美味しいお酒へのプロバガンダ。
食欲高揚への果て無き戦いの道です。
繰り返される悲劇

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近年の世相を鑑みれば、
日本に排外的なナショナリズムの萌芽を強く感じます。
9・11以降世界的にも分断の基調は顕著で、
先行き不透明な中東紛争にも嘗てない危機感を抱きます。
日本国内でも愛国心の名の元に、
抑止力の強化、極論は核保有なんて言い出す人もいたりします。
勿論、考え方はそれぞれ自由ですし、
何かが完全に間違っていて、何かが完璧な答えなんて事も無いでしょう。
昆虫型の異星人というメタファーを待たずとも、
何を考えているのか分からない存在というのは確かに怖いものです。
不安が更なる恐怖を呼び、その恐怖を克服する為にもっと過激な思想に走る。
その繰り返しで人々はやがて強固な集団になり、
引き返す事の出来ない道を辿る事になってしまう。
一旦回り出した歯車を止めるのは非常に困難な事です。
嘗ての日本が軍国主義に走った時も、
それは純粋な愛国心と生活を憂う人々の希求する未来であったのかも知れません。
しかしそれらの道の果てにあるのは、
決まって若い志願兵達の無惨な「死」と、
無力な一般市民達の犠牲でした。
「正義」程甘い果実は無いのです。
「名誉」や「勇気」程言い訳の出来ない脅迫もまたとありません。
この映画で主人公達の活躍の片隅に見切れる形で昆虫達に切り刻まれていった、
名も無き一兵卒達にはただただ理解不能な疑問が残った筈です。
「自分は何の為に死ぬのか?」
或いはそんな事も考える暇も無く爆撃で吹き飛んだ戦地の民間人達もいます。
彼等は何の為に死んだのでしょうか?
繰り返される悲劇は本当に悪い冗談の様です。
ポール・バーホーベン監督が幼少期に、
故国オランダで見た連合軍の爆撃の光景。
街を支配していたナチスドイツの兵士達の姿。
史上最も理解され難い賛否両論のSF映画ですが、
そこにはとても大切なメッセージが隠されている様な気がします。



