SF映画

映画【A.I.】おつまみ【海老とピンクグレープフルーツのサラダ】

画像引用:©2001 DreamWorks LLC and Warner Bros. All Rights Reserved.

この映画はこんな人におススメ!!

●驚きの映像技術を観たい人

●AI技術に興味がある人

●寓話の現代的翻訳に触れたい人

●「愛」の多様性について考えたい人

タイトルA.I.
製作国アメリカ、イギリス
公開日2001年6月30日(日本公開)
上映時間146分
監督スティーブン・スピルバーグ
出演ハーレイ・ジョエル・オスメント、
ジュード・ロウ、フランセス・オコナー、
ウィリアム・ハート
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愛の呪縛について考える時に観る映画

この映画はおそらく、

スティーブン・スピルバーグ監督のフィルモグラフィの中でも、

失敗作として記憶されてる方が多いのでは無いでしょうか。

アメリカでの興行は失敗に終わり批評的にも惨敗でした。

2001年と言えば映画ファンにとっては【2001年宇宙の旅】ですが、

故スタンリー・キューブリック監督の遺志を継いでスピルバーグが自ら脚本を書き、

今作を公開したのも2001年の出来事でした。

時は遡り1969年に発表されたイギリスのSF小説家ブライアン・オールディスの

短篇小説「スーパートイズ」の映画化にスタンリー・キューブリックが動き出します。

しかし一向に企画は進まずにキューブリックはスピルバーグに今作の監督の打診をします。

しかしこの時はスピルバーグは監督する事を断り、

そのまま1999年にキューブリック監督は亡くなってしまうのです。

かくしてこの企画は幻に終わる運命の筈でした。

しかしキューブリックの妻が亡き夫の肝入りの企画に日の目を当てるべく、

スピルバーグに再び監督をオファー。

キューブリックが遺した膨大なプロットとストーリーボードを元に、

実に30年越しの企画は遂に完成したのです。

スピルバーグ監督にとってスタンリー・キューブリックとは尊敬する偉大なる先人。

映画マニアのスピルバーグ少年を夢中にした数々の作品を監督した憧れの人でした。

そのキューブリックから白羽の矢を立てられたプレッシャーは半端無かったと思いますが、

今作にはスピルバーグ監督らしいダークな世界観と大胆な描写が満ちていて、

改めてこの企画が実現した事の奇跡に感謝したい気持ちになります。

偉大なる映画人による遺志のバトンリレー。

常に時代を予見した創作をしてきた二人の監督の、

感性のぶつかり合いと融合に映画ファンとしては胸が熱くなってしまいます。

神の御業をも凌駕する人工知能の未来

画像引用:©2001 DreamWorks LLC and Warner Bros. All Rights Reserved.

とある家庭に家族として迎えられた高性能人工知能を搭載した子供型ロボット。

デイビットと名付けられたその少年ロボットは、

病気で眠ったままの実の息子の変わりとして育てられる事になったのです。

謂わば悲しみに暮れる両親にとっての慰み者としての存在。

あくまで代替品として生を授かるという、

初手からして既にデイビットには悲しみがまとわりついていました。

やがて奇跡的に目覚めた実の息子の阻害により、

両親からの信頼を失ったデイビットは破棄されてしまい、

ガラクタとしてスクラップ寸前のロボットたちと共に、

人間の手から逃れる逃亡者の身になってしまうのです。

人間の為に役に立つことが存在価値のロボット。

人間を助け、人間の変わりに働き、人間の都合で捨てられる。

しかしその機械に人間並みの感情と知性があったとしたら、

彼等は何を思い、どうしようとするのだろうかという物語なのです。

デイビットは人間に愛され、人間を愛する為に作られた感情を持つロボット。

自分が愛されない状況になって存在理由が無くなってしまうのです。

「愛」という不確かで移ろいやすいものに翻弄される姿もまた、

人間そのものの様なAI。

神の御業の如く人間はクローン技術や再生医療、

そして人工知能による様々な生成技術を発展させています。

この技術が更に進んだ近い未来、

彼等AIの存在意義にも大きな変革が訪れたとしても不思議では無いでしょう。

彼等AIが何の為に作られたのかという問いには、

我々人間の根源的な存在価値に直結する問題提起が内包させている様な気がします。

神は何故自らに似せて人間を作ったのかという永遠の命題。

優れたSF作品には突飛な設定の中に常に普遍的な命題を忍ばせています。

ピノキオは何故人間になりたかったのか。

限りある命を抱えながら互いを殺し合う様な狂暴な生物に、

どんな存在価値があるのでしょうか。

おつまみの呪縛

今日のおつまみは【海老とピンクグレープフルーツのサラダ】です。

海老という食材の呪縛に捕らわれた我が家の食卓。

異様な程の高海老率はその汎用性の高さと共に、

偏に妻の海老好きが高じての事なのです。

しかし海老は何をしても旨い。

今回はピンクグレープフルーツ共に炒めたもの。

海老の旨味とグレープフルーツの酸味のバランスが絶妙なのです。

結局旨いは正義。

愛する事の呪縛

画像引用:©2001 DreamWorks LLC and Warner Bros. All Rights Reserved.

デイビットは母親を探す旅の中で様々なAIと出会います。

人間の性処理の為に作られたロボット、ジゴロ・ジョーもその一人でした。

彼は魅力的な容姿を持ち、女性相手のセックスロボットとして存在していました。

彼も「愛」という不確かなものに翻弄される存在なのです。

人間に変わる代替労働力として作られたロボット達が、

人間の「愛」を獲得する為に右往左往する姿は悲壮的ですが、

人間そっくりの彼等の苦悩はそのまま現代人の苦悩であるとも言えるでしょう。

愛する事と愛される事とは人間の美徳でもありますが、

同時に強迫観念という面も併せ持ちます。

それが無ければ価値が無いと見做され、

捨てられ壊されてしまうのですから、

「愛」とは創造と破壊の二面性を持った呪縛なのだと言えるのです。

嘗て【時計仕掛けのオレンジ】で世の暴力と厭世観を描いたキューブリックなら、

更に皮肉的で辛辣な展開を用意したのでしょうか。

家族向けのヒューマニズムを打ち出す印象のあるスピルバーグだからこそ、

希望的なエンディングを用意するのでしょうか。

今作を観てロボットと人間の未来を期待するか憂うかは人ぞれぞれでしょうが、

人工知能とはあくまで人間が作った人間を模倣した人工物であって、

全知全能などでは無い人間の驕りが悲劇を招く事への警鐘でもあるのでは無いでしょうか。

愛の呪縛について考える時に観る映画。

利便性と合理性を突き詰めた結果が、

この映画の様に人類の滅亡を早めるという事にならない様に祈るばかりです。