画像引用:© 1998 Universal Studios. All Rights Reserved.
こんにちは!ころっぷです!!
今日の映画は【ビック・リボウスキ】です。
1998年公開のアメリカのコメディ作品。
製作・脚本・監督は
数々の傑作を世に送りだしたあのコーエン兄弟。
予想外の展開と乾いた笑い。
時を経てカルト的な人気を博する、
コーエン兄弟の傑作クライムコメディです!
この映画はこんな人におススメ!!
●シニカルな笑いに飢えている人
●90年代の文化・ファッションに興味がある人
●徹底的にゆるい映画が観たい人
●だらしない大人に憧れてしまう人
| タイトル | ビック・リボウスキ |
| 製作国 | アメリカ |
| 公開日 | 1998年9月24日(日本公開) |
| 上映時間 | 117分 |
| 監督 | ジョエル・コーエン |
| 出演 | ジェフ・ブリッジス、ジョン・グッドマン、 ジュリアン・ムーア、スティーブ・ブシェミ、ジョン・タトゥーロ |
負け犬の美学を学びたい時に観る映画
今作には徹頭徹尾だらしなくてゆるい登場人物しか出てきません。
どこか頭のネジが外れてしまっていたり、
脇目も振らずに我が道しか進まない迷惑な人々です。
シニカルなジョークの中に人生の悲哀を描く名手、
コーエン兄弟の作品の常連俳優達が、
そんな狂気的なキャラクター達を
嬉々として演じてくれています。
物語はまるでレイモンド・チャンドラーの探偵小説の様に、
謎の事件に巻き込まれた主人公が、
次々と奇妙な人物達と出くわし、
追い詰められながらも飄々と切り抜けていくという感じのもの。
主人公のデュード(ジェフ・ブリッジス)が、
ヒッピーの様な体たらくな楽観主義者なので、
基本的にはシリアスな雰囲気にはならずに
終始シュールでオフビートな笑いに包まれる。
がしかし、そこは百戦錬磨のコーエン兄弟。
60年代以降のアメリカのカウンターカルチャーの
残党の様なキャラクター達が、
社会の底辺だろうとお気楽に生きているその様子を
丹念に描写してもいて、
中々に考えさせる内容でもあったりするのです。
社会の軋轢が思わぬ方向に加速していってしまう可笑しさ。
皮肉たっぷりの物語はその後のアメリカ映画の流れに、
決して少なくない影響を与えているのだと思います。
強烈な自我を感じさせるキャラクター造形

画像引用:© 1998 Universal Studios. All Rights Reserved.
笑いの要素で鉄板の一つとも言えるのが、
本人は至って真剣なのに周りから見たら滑稽というものがあります。
今作の登場人物達も正にそれに当たるのかと思います。
主人公のデュードは同姓同名の富豪と間違われた事から、
身に覚えのない危機に陥ってしまいます。
しかしだからと言ってビビったりクヨクヨしたりはしません。
彼はごく真剣に事件に当たり、
ピンチをチャンスに転換しようと奔走するのですが、
どうにもアイデアもタイミングも協力者も最低の手を選んでしまうのです。
勘違いや偶然が重なり状況が更に込み入ってしまう。
コーエン兄弟の前作【ファーゴ】でも
そういった偶然の悪戯の様な展開がありますが、
それがより滑稽でエキセントリックに強化された印象です。
物語の主人公デュードは無職ながら、
毎日の様に仲間とボウリングに明け暮れ、
大好きなカクテルを浴びる様に飲む自堕落な日々を送っています。
そこに悲壮感は微塵も無く、
ただ呑気に好きな様に生きる中年男。
加速度的に生活ペースが速まり、
厳しいコンプライアンスとSNSの監視下にある現代人にとっては、
実にのんびりとした羨ましい人生を謳歌しているのです。
理不尽なピンチに陥っても狼狽えず、
のらりくらりと冗談を飛ばしながら綱渡っていく。
そんな不格好なバイタリティを頼もしく感じさせてくれる辺りが、
脚本の面白さと監督の細やかな演出なのでしょう。
荒唐無稽なぶっ飛んだ設定でありながら、
どこか身に詰まされるリアリティを感じる事が出来るのも、
一流の演者とスタッフによるプロの仕事の賜物なのです。
おつまみの美学

今日のおつまみは【あんかけ焼きそば】です。
何時如何なる時も裏切らないのがあんかけ焼きそばです。
あくまでも個人的意見ですが。
昔からかた焼きそばが好きなんです。
パリパリの揚げ麺があんを吸って柔らかくなるあの感じが。
具材もシュチュエーションも選ばない、
自由度のあるメニューですよね。
ビールにも合うし。
これも個人的意見ですがうずらの卵はマストです。
夢を見られた最後の時代

画像引用:© 1998 Universal Studios. All Rights Reserved.
90年代初頭と言えば、
アメリカ人にとって皆で同じ夢を見られた最後の時代だったのかも知れません。
冷戦が終結し、
ソビエトという皆の共通の敵が崩壊し、
IT革命で新たな産業形態が急激に成長し、
人々の目的や夢は細分化されあらゆる格差が表面化してきました。
勝ち組と負け組の間には底の見えない溝が横たわり、
時代に取り残された人々は、
過去の幻影の中にミニマムなコミニティを形成し、
そこで傷を舐め合う事で理性を保ってきたのです。
と、それは流石に行き過ぎた暴論ですが、
同じ方向を向いて、同じ価値観を持っていた時代は終わり、
一人一人が自分の本当の「幸せ」や「価値」を
模索し始めたと言えるのかも知れません。
日本でも所謂「オタク文化」という言葉が持て囃された時代でしたが、
何か特定のものに固執してそれを極める事が、
人々の好奇の目に依る嘲笑対象から
市民権を得てやがて羨望されるまでの、
長い年月を掛けたプロセスの最初の時代だったのでは無いでしょうか。
この映画の主人公達もどう見ても時代に取り残された負け犬達です。
時代遅れのファッションに時代遅れの価値観、
狭い世界で虚勢を張り合い、どうでも良い事にいつまでも固執する。
が、しかしそんな彼等の周りの目など微塵も気にしない強さと、
嬉々とした自愛精神、ミニマムな世界で充足した多幸感。
脳内をドーパミンで満たす彼等の他を寄せ付けないその満足感こそが、
人類が持ち得る最強の武器なのでは無いでしょうか。
負け犬の美学を学びたい時に観る映画。
どんな痛い目にあってもウォッカにカルーアを注いでクリームを垂らす事で、
デュードは何度でも蘇られる強さを持っています。
それはつまり「馬鹿には勝てん」という可笑しさでもある訳ですが、
そこに負け犬の美学を感じられるのが
コーエン兄弟の映画の懐の深さなのです。
あの頃は良かったと過去を振り返るのは加齢の証拠かもしれませんが、
90年代はきっとこんな時代だったんだなと思います。
当時そんな風に振り返る事になるとは夢にも思っていませんでしたが、
こうして見ると妙に懐かしくて少し切ない気持ちになったりするのです。



