画像引用:©2004 FOCUS FEATURES, LLC
こんにちは!ころっぷです!!
今日の映画は【エターナル・サンシャイン】です。
ジム・キャリーとケイト・ウィンスレット共演の一風変わった恋愛ドラマ。
【マルコヴィッチの穴】で有名なチャーリー・カウフマンによる奇想天外な脚本。
ビョークやケミカル・ブラザーズのミュージック・ビデオで高い評価を受けた、
フランス出身のミシェル・ゴンドリー監督による独創的な映像表現。
何度観ても新たな発見と感動に出会える不思議な映画になっています!
この映画はこんな人におススメ!!
●奇抜なアイディアの脚本に出会いたい人
●見た事の無い映像体験がしたい人
●切ない恋愛映画が観たい人
●人生における記憶の意味を考えたい人
タイトル | エターナル・サンシャイン |
製作国 | アメリカ |
公開日 | 2005年3月19日(日本公開) |
上映時間 | 107分 |
監督 | ミシェル・ゴンドリー |
出演 | ジム・キャリー、ケイト・ウィンスレット、 キルスティン・ダンスト、マーク・ラファロ、イライジャ・ウッド、トム・ウィルキンソン |
忘れてしまいたい過去と向き合う時の映画
今作はあらゆる世代のあらゆる立場の人にもきっと刺さる、
強烈な映画体験が出来る作品だと思います。
それは観る人によって勿論色々と違うものだとは思うのですが、
普遍的でありながらあくまでも個に響くという意味で、
最も映画らしい映画であると言えると思います。
そもそも映画を観て全ての人が同じ感想を抱くなんて事はありません。
それでは何が良い映画である条件かという言うと、
「分からない」事だったり「理解出来ない」事だったりをずっと引き摺れる作品が、
結果としてその人にとって特別な「映画」という事なのでは無いか思うのです。
冒頭から何言ってるのか分からないと叱られそうですが、
要するにこの映画は「理解」する事に重きを置かずに、
「分からない」というグチャグチャとした感情を、
ずっと引き摺りながら鑑賞すべき作品であると言いたいのです。
それが途轍もなく胸を引き裂き、感情を揺さ振る事に繋がるのです。
こと恋愛に関しては、人対人の感情が幾重にも重なり絡み合う現象ですので、
そこには理屈を超えた非合理的なグチャグチャが行ったり来たりするという事なのです。
この映画はその辺りのグチャグチャをリアルに描いてくれているので、
観る者の心を切なくさせつつ、掴んで離さない吸引力を併せ持つのだと思います。
誰が為に愛するのか
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物語は少し複雑な構造になっています。
嘗て恋人同士であったジョエル(ジム・キャリー)と
クレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)は次第に価値観の相違から仲違いし、
喧嘩別れをしてしまいます。
そして感情的かつ衝動的なクレメンタインは傷付いた心を癒す為に、
あろう事かジョエルに関する全ての記憶を除去する施術を受けてしまうのです。
その事実を知り深く心に傷を負ったジョエルもまた、同じ施術を受けて
クレメンタインとの記憶を消してしまう事を決心します。
そうして互いに互いの記憶を消して新たな人生を歩もうとした訳ですが、
ジョエルにはクレメンタインに対する未練の気持ちが大きく、
次々にクレメンタインとの大切な記憶が崩れ去っていく中、
それにあがなおうと奔走するというストーリーなのです。
記憶が無くなってしまうという事は、
実際に過去が無かった事になる訳ではありません。
しかし人間をその人とたらしめている物もまたその記憶な訳で、
それが失われるという事はその人自身の存在も無くなってしまう事と実は同義。
いや、それ以上に心にぽっかりと開いてしまった隙間に、
何があったのか思い出せないという状態は苦しい事なのかも知れません。
他者を認められないからといってそれを都合よく排除し続ければ、
それを行う自分自身のアイデンティティも失う事になる。
非寛容の世界には、自分を写す鏡さえ無くなってしまうという事なのです。
恋愛と言うエゴのキャッチボールをする主人公2人にとって、
良い記憶も悪い記憶もワンセットで自分の存在証明であるという事に
やがて気が付いていくのです。
神ソース君臨
今日のおつまみは【チキンソテー・キューカンバーソース】です。
何のこっちゃというメニュー名ですが、
妻特製の神ソースが秀逸な一皿なのです。
ソースは胡瓜とブラックオリーブの酢漬けをオリーブオイルで熱し、
粒マスタード、ハチミツ、塩・胡椒で味を整えています。
皮目をパリっとソテーした鶏胸肉に、
この酸味と甘味と塩味が絶妙なソースが抜群に合うのです。
妻曰く、適当に作ったから再現不可能だそうです。
正に奇跡の神ソース。
記憶に長く留めたい一品でした。
心の傷を忘れない事
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嫌な記憶を除去するという行為は、
自分の心が潰れない為の予防の役割を果たすのかも知れません。
苦しみから逃れ、新たな一歩を踏み出す為に有効な手段と言えるでしょう。
しかし、事故に遭わない為には車には乗らない。
雨に濡れない為には外に出ない。
死なない為に初めから生まれてこない。
傷付く事を怖れて、自分の気持ちを相手にぶつけないという行為は、
これらに近い様な、本質的に人間性を無視した考え方とも言えるのでは無いでしょうか。
人と人とが共に時を過ごしていれば、
ぶつかり合って疲弊する事は必ずあります。
そこから安易に逃げ続ければ、人と繋がる事すら出来なくなってしまいます。
主人公のジョエルは、失って初めてクレメンタインという存在の
掛け替えの無さに気が付きます。
世界が崩壊していく様に、次々とクレメンタインとの記憶が消えていくのに
必死に抵抗するジョエルの姿が何とも切なく心を揺さ振ります。
この時初めて彼は人生の重たさを知り、
彼女との記憶こそが自分自身の存在証明である事に気が付くのです。
忘れてしまいたい過去と向き合う時の映画。
自分が選択した事とはいえ、
自分の大切な記憶が目の前で消え去っていく様は恐ろしいものがあります。
これは記憶というものが如何に人間にとって大事なものであるかという実証でもあります。
人はどうしたって不可逆な時間というレールに沿って生きていきます。
途中のレールを一部無くしてしまっては、
どうやって今いる場所に辿り着いたのかが分からなくなってしまいます。
人は前だけを見ていれば幸せなのでしょうか?
例え辛い過去でも、それを生きてきた事実があって今日がある。
自分と向き合う事と、過去の記憶は切り離せないものだと思います。
突飛な設定の独特世界観の映画ですが、
その実内容は至ってシンプルで、普遍的な事を投げ掛けていたりするのです。