ヒューマンドラマ映画

映画【牯嶺街少年殺人事件】おつまみ【棒棒鶏】

画像引用:© 1991 Kailidoscope

この映画はこんな人におススメ!!

●台湾の歴史に興味がある人

●不良少年の抗争物が好きな人

●青春の残酷さと儚さを味わいたい人

●天才監督の圧倒的な演出を体感したい人

タイトル牯嶺街少年殺人事件
製作国台湾
公開日2017年3月11日(4Kレストア版日本公開)
上映時間236分
監督エドワード・ヤン
出演チャン・チェン、リサ・ヤン、
ワン・チーザン、チャン・クオチュー
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永遠に答えの出ない問いに触れたい時に観る映画

この映画はわたくしころっぷが若かりし頃、

東京の調布市にあった東京現像所という、

劇場映画のフィルム現像をしていた工場でアルバイトしていた時に、

先輩の方からお勧めして頂いて初めて観た映画なのです。

当時兎に角色んな映画が観たくて、

会う人会う人に好きな映画を聞いて周っていました。

その先輩は自主制作映画を撮っていたりした人で、

鈴木清順監督や相米慎二監督の作品と共に、

この【牯嶺街少年殺人事件】という一見物騒なタイトルの映画をお勧めしてくれたのです。

エドワード・ヤン監督の作品も、台湾の映画すらも観た事はありませんでした。

正直、初見ではこの作品の凄さがよく分からなかった様に記憶しています。

そして20年以上の時が流れ、

今回4時間にも及ぶ4Kレストア版を久し振りに観て、

余りの凄まじさに暫し言葉も出ず圧倒されてしまいました。

こんな映画は他に無い、本当に唯一無二の作品だと思います。

一人の少年の不器用で無軌道な青春を追った作品なのですが、

そこには様々な登場人物達の感情が複雑に絡まり合い、

台湾の歴史的な問題や当時の空気感が封じ込められていて、

精緻に日常を追いつつも、大胆に展開もしていき、

そして何の答えも出ないままに、

完膚なきまでに絶望的な結末が観客の前に投げ出される。

長い物語の中で色んな感情に突き動かされてきた私達は、

唐突に現実の世界に放り出され、

茫然自失とした中で、

作品の中で敢えて語られなかった部分について考え続ける事になる。

永遠に答えの出ないその問い掛けと、

差しで向き合う事を覚悟しなければこの作品には触れない方が良いのかも知れません。

世界の闇と、少年の光

画像引用:© 1991 Kailidoscope

物語の舞台は1960年代の台湾。

1949年の国共内戦で敗れた蒋介石率いる中華民国の人々が移り住み、

混沌としたキナ臭い時代を描いています。

世界的にも孤立していた台湾は長い戒厳令下にあり、

戦争に敗れ逃げ落ちた者という敗者の苛立ちや不安が、

大人達だけでなく子供の社会にも大きな影を落としていました。

主人公の小四は台北の比較的裕福な家庭に育つ高校生。

少年らしい素朴さを残しつつも、

不良グループとも関係を持ち反抗的な態度を示す事もある人物です。

そんな彼が出会うのが不良グループのリーダーの恋人であった小明という少女。

小四は彼女に淡い恋心を抱きながらも、

不良グループ同士の抗争や、学校の権力争いに巻き込まれ、

家庭内でも問題があったりで次第に心に闇を抱えていく事になります。

今作では台湾の社会情勢が物語に大きな影響を与えており、

登場人物達の生活のあちこちに先行き不安な影がチラついています。

元々台湾に住んでいた本省人と呼ばれる人々と、

内戦に敗れて本土から移り住んできた外省人との軋轢。

本土からのスパイに対する警戒から互いを監視し合う様な雰囲気の中、

戒厳令下の台湾では多くの罪なき人々が冤罪によって粛清されてきたのです。

この社会全体に蔓延る疑心暗鬼の「闇」が、

少年達の日常にも閉塞的な息苦しさをもたらし、

純真だったはずの主人公の心に混乱と嫉妬を抱かせ、

行き場のない怒りへと身を落とさせてしまうのです。

小四は事あるごとに学校の隣の映画撮影所から盗んだ、

大きな懐中電灯を手にしているのですが、

台北の暗い繁華街を照らし出すその頼りない懐中電灯の灯りが、

そのまま台湾の心細い行く末を映し出しているようで、

実に印象的な演出になっています。

タフでいないと生き残れない様な激動の時代に、

ただ自分の大切に想う人の為に生きたいと願った主人公の少年。

しかしそんな想いを抱かせた小明という少女の心には、

誰にも理解出来ない様な悲しみと、想像を絶する様な深い闇が存在していたのです。

おつまみの正解

今日のおつまみは【棒棒鶏】です。

言わずと知れた暑い日にピッタリのさっぱりメニュー。

食欲減退の初夏にもお酒が進む一品です。

台湾は豊かな食文化でも有名ですが、

棒棒鶏は中国の四川料理だそうです。

鶏肉を棒で叩いて柔らかくしたのが名前の由来。

胡瓜と合わせたり、ごまだれで食べたりは、

日本人の工夫でしょうか。

これ本当に飽きが来ない料理ですよね。

語られない細部にこそ本質は宿る

画像引用:© 1991 Kailidoscope

この映画は1961年に台湾で実際に起こった事件を元にしています。

未成年の少年が恋愛関係の縺れから少女を刺殺してしまうという衝撃的な事件です。

その犯人の少年と同い年だった監督のエドワード・ヤンは、

この作品を描く最大の動機を、

当時の台湾の社会情勢の中で誰しもが犯人の少年の様になる可能性があり、

そうならしめたものが一体何であったのか、

台湾の今日を見極めるのに必要な手掛かりを、

この時代の空気を描く事で考えられる様な映画にしたかったと語っています。

戒厳令や白色テロの時代。

誰しもが未来に不安を抱え先行き不透明だった時代。

主人公の小四はただ自分の理想や希望に沿って生きようとしていた。

しかし周りの世界は今だ深い闇に包まれていて、

友人や恋人の本心さえも分からない。

どうして小明は複数の男性と同時に関係を持っていたのか。

どんな気持ちであの時代を生きていたのか。

エドワード・ヤンはそんな私達の疑問に容易な答えなど与えません。

すべては語られないままにエンドロールを迎えてしまう。

この作品には登場人物達を遠くから映したロングショットが多用されています。

またドア越しに、壁越しに完璧な構図で描かれた傍観者的なカットも多用されています。

私達は世界の傍観者でしかない。

ただ過ぎていく時の流れの淵を眺めている事しか出来ない。

そこには恐ろしいまでの無力感と絶望感が付随します。

エドワード・ヤンは僅かな妥協も許さず、

私達に不毛な人間の営みを見せ付けます。

しかしそこには微かな美しさも確かに存在するという、

断片を垣間見せながら。

永遠に答えの出ない問いに触れたい時に観る映画。

この映画は最初に言った通り4時間近い長尺の作品です。

しかし私達の人生があっという間に過ぎ去ってしまう様に、

全く退屈さを感じさせる事無く気が付くと終幕を迎えています。

そして映画の様々な場面、景色が頭から離れてくれません。

彼等の気持ちをずっと考え続けてしまう事にもなります。

中毒性のある映画とかよく言いますが、

これはそんな生易しいものではありません。

致死的な劇薬にもなり得る作品だと思います。

脅かすつもりはありませんが、

覚悟と信念を持って是非ご鑑賞頂く様に。

ただ圧倒的な映画である事は固く保証致します。