画像引用:IMDb
こんにちは!こっろぷです!!
今日の映画は【リリーのすべて】です。
この作品は2015年に製作された実話を元にした物語です。
世界で初めて性別適合手術を受けた事でも有名な、
デンマークの風景画家をエディ・レッドメインが演じています。
監督は2010年の【英国王のスピーチ】でアカデミー賞を獲得した、
イギリス出身のトム・フーパー。
性別を超えた真実の「愛」を描いた、
重厚なドラマ作品になっています。
この映画はこんな人におススメ!!
●トランスジェンダーの問題に興味がある人
●美しい衣装や美術の映画が観たい人
●自分らしく生きるという事を考えたい人
●性別を超えた本当の愛が見たい人
タイトル | リリーのすべて |
製作国 | イギリス、アメリカ、ドイツ |
公開日 | 2016年3月18日(日本公開) |
上映時間 | 119分 |
監督 | トム・フーパー |
出演 | エディ・レッドメイン、アリシア・ヴィキャンデル、 マティアス・スーナールツ、ベン・ウィショー |
自分らしく生きる為に観る映画
今回は実話を元にした作品です。
所謂トランスジェンダーとして生まれた主人公のアイナーは、
世界で初めての性別適合手術を受けた人物としても有名です。
1930年代の当時は世間での認知や理解も少なく、
性別違和を持つ人達にとっては生き辛い世の中でした。
勿論、今でも様々な偏見や差別による不利益が残っていますが、
それ以上に想像を絶する孤立感を持っていたと思います。
本当の自分を押し殺し、隠しながら生きてきたアイナー。
そしてそんな彼を妻として、友人として、最後まで支え続けたゲルダ。
夫の性別を、本来の形に正すという道を2人は選びますが、
それは妻のゲルダにとっては愛する夫を永遠に失うという選択でもあります。
それでもアイナーの意思を尊重し、それを支えたゲルダの無償の「愛」は、
自己犠牲の上に大いなる勇気を持った決断だったのでは無いかと思います。
自分らしく生きる為に、全てを捧げた2人の壮絶な人生に、
我々観客も勇気と感動を与えられます。
己を解き放つ
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画像引用:IMDb
本当の自分を隠さねばならない人生を、
我々は想像出来るでしょうか?
それは大切な人をも騙す事になり兼ねず、
自分をも偽る罪悪感は筆舌に尽くし難いでしょう。
デンマーク出身の風景画家アイナーは、
同じ画家のゲルダを妻に迎え、画壇の評判も上々で充実した暮らしを送っていました。
しかしある日、妻の絵のモデルの変わりに女性物のストッキングと靴を履いた瞬間、
忘れようとしていた感覚が蘇ってしまうのです。
自分の本当の姿、押し殺してきた本来の自分。
アイナーは苦悩と共に、自分の本当の性を獲得する道を選びます。
トランスジェンダーに限らず、私達は社会の中で求められる役割を演じ、
自分の本懐とは異なる言動を取らざるを得ない事が往々にあります。
常識や価値観は時代と共に変化する物ですが、
差別や偏見の根は深く、人間の不寛容な本質は容易には変わりません。
社会不適合という烙印の恐怖は、私達の心を強く握り絞めています。
この映画でも、自分の性を正す事への壁の高さに、
主人公は怯え、傷付き、絶望していきます。
しかし、徐々に己を解き放ち生き生きと輝き出すアイナーことリリーを、
我が事の様に共に喜び、共に悲しんだのが妻のゲルダでした。
またゲルダにとっても、リリーを支える事で、
本当の「愛」に気が付いたのかも知れません。
自らの人生の本当の意味を、他者への理解と寛容に見出したゲルダの、
その生き様にも輝きが増していくのです。
贅沢なコラボレーション
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今日のおつまみは【タラコオムライス】です。
フワフワ卵のオムライスの上からタラコクリームソースを掛けました。
只でさえ美味しいに決まっている鉄板メニューのオムライスに、
全人類の大好物であるタラコクリームソースを掛けてしまうとは。
何と罪深く、背徳美極まる一皿であろうことか。
しかし己の限りない欲望を解き放つ意味においても、
この禁断のコラボレーションは避けては通れない道だったのかも知れない。
我々はどこへ行くのか
![](https://eigahitotsumami.com/wp-content/uploads/2024/02/DANISH.jpg)
画像引用:IMDb
映画の主題はトランスジェンダーをモチーフにした、
自分らしく生きる事の大切さという事になるかと思います。
しかし、実際の社会の中で、全ての人がその人らしく
伸び伸びと生きていける訳ではありません。
これは人種問題でも、宗教間の問題でも全てそうですが、
平等な社会や絶対の正義は存在しないからです。
要は変化すべきは社会の仕組み以上に、
我々自身の考え方の方なのだと思います。
人と比べ、相対的な幸せに価値を置いている限りは、
人は本当の意味で自由にはなれないという事を表しているのでは無いでしょうか?
性別や、性思考の自由は、
人と比べられるものでは無く、その人固有の主体的な価値観であり、
映画のリリーの様に、
本当の自分になる為に命まで賭さなければならなかった事をも含めて、
それこそが絶対的な「自由」であると認識するべきなのです。
社会がもし正しい意味で発展していくと言うのであれば、
全ての人がこの絶対的な「自由」を担保され、
尚且つ公的な秩序を保たなければならない。
これは今後も大きな課題ですし、あらゆる芸術のテーマであり続けるのでしょう。
自分らしく生きる為に観る映画。
この映画は目を引くモチーフで多くの観客の賛否を呼びました。
トランスジェンダーが「自由」に生きていける社会を、
そして誰もが自分らしくあれる世界を。
リリーの一歩は世界の片隅の小さな出来事だったかも知れませんが、
確実に誰かにとっての道標になる行動だったのだと思います。
それを支えたゲルダの「愛」が、例え映画の中の作り話だったのだとしても、
我々の行く先の主体的な指標になり得るのでは無いでしょうか?