アクション映画

映画【ゴースト・ドッグ】おつまみ【寄せ鍋】

画像引用:© 1999 PLYWOOD PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED

この映画はこんな人におススメ!!

●クールな音楽が聴きたい人

●ホットな映像を堪能したい人

●独特のユーモアを味わいたい人

●多様な文化の融合を体感したい人

タイトルゴースト・ドッグ
製作国アメリカ、ドイツ、フランス、日本
公開日1999年11月27日(日本公開)
上映時間116分
監督ジム・ジャームッシュ
出演フォレスト・ウィテカー、ジョン・トーメイ、イザック・ド・バンコレ、クリフ・ゴーマン

多様な文化の融合を感じたい時に観る映画

80年代のデビュー以来、アメリカインディペンデント映画を代表する様な

若手監督だったジム・ジャームッシュも今や70歳を過ぎて巨匠監督と呼ばれる時代に。

今尚精力的に作品を発表し続けていますが、

この【ゴースト・ドッグ】は彼のフィルモグラフィの中でも特に異質な作品です。

小津映画の熱心な心棒者で知られるジャームッシュは当然日本文化にも通じた人物。

今作は江戸中期の佐賀藩士、山本常朝による口述書【葉隠】がモチーフになっています。

「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の有名な一節も映画冒頭に取り上げられています。

これは主人公のゴースト・ドッグの愛読書として劇中に登場し、

その生き方に大きな影響を与えているという設定になっています。

更に本編の劇半はアメリカの黒人文化を代表するヒップホップ音楽で彩られ、

人気ヒップホップグループの「ウータン・クラン」のRZAが担当しています。

物語は【ゴットファーザー】の様なイタリアンマフィアの抗争が主軸になっており、

劇中繰り返し登場するアメリカのカートゥンアニメも重要なメタファーとして使われ、

正に多文化のごった煮とも言える複雑でユーモラスなプロットになっています。

自由で時代に流されない独自の美学を貫くジム・ジャームッシュの、

正に面目躍如とも言えるミクスチャー感満載の作品。

一本の映画の中に様々なカルチャーを体感する事が出来て、

更に切ない男の美学に酔いしれる事も出来る盛沢山な作品になっています。

異文化コミュニケーションの妙

画像引用:© 1999 PLYWOOD PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED

物語の舞台はニューヨーク。

そこに通信手段は伝書鳩という一風変わった一人の殺し屋がいます。

ゴースト・ドッグという通り名を持つその男は寡黙な黒人の大男で、

ビルの屋上で孤独な暮らしをしています。

彼の愛読書は日本の武士道の神髄を説いた【葉隠】。

嘗て命を救われた恩のあるマフィアの男を主君と敬い、

一介の家来として殺しの仕事を請け負っています。

中世の侍の様に、己を律し質素な暮らしの中に生きる意味を問う生活。

武術や剣技を鍛え常に戦いの中に身を置く。

現代社会に於いては異質な存在ですが、

多人種による多文化が混在するニューヨークの殺伐とした空気の中で、

ゴースト・ドッグは信念に基ずく強さと揺るぎなさを持って生きています。

彼は自分の存在意義を武士道の中に見出し、

主君の為に死ぬ事を使命と感じています。

しかしそんな彼の人間らしい優しさやある種の弱さが垣間見れる瞬間に、

このゴースト・ドッグというキャラクターの奥深さを窺い知る事が出来るのです。

町の公園で偶然知り合った黒人の少女との「本」にまつわる会話。

英語を理解出来ないフランス人のアイスクリーム屋とのユーモラスなやり取り。

共に暮らす鳩達への優しい表情。

その一つ一つに孤独な殺し屋の葛藤と本来の彼の姿が透けて見えてきて、

観客は深く感情移入していくのです。

ジャームッシュ監督の人物描写は独特のユーモアで彩られていますが、

その滑稽な姿と社会の中で疲弊していく悲哀の様なものとの対比が見事なのです。

言葉が通じないからこそ分かり合える友人。

住む世界が違うからこそ自分を重ねてしまう存在。

その武士道を追求する求道者としてゴースト・ドッグとはまた別の、

人間の業を感じられる素朴な姿が何とも言えない魅力になっています。

登場人物同士の距離感と、関係性に生じるある種の滑稽さ。

物語の展開は至って必然的なものなのですが、

その描き方に一種のハプニングがあるのがジャームッシュ監督の真骨頂と言えます。

具材のミクスチャー

今日のおつまみは【寄せ鍋】です。

残暑の中でもお構いなく食べたいものを食べたい時に食す。

これが我々の生きる道、「おつまみ道」です。

具材は白菜・葱・しめじに豚肉と手作りつみれ。

出汁は鰹と昆布だしの醤油味。

汗を掻きつつ、これは日本酒がやっぱり合いますね。

日本の鍋はまさに多文化のミクスチャー料理。

世界に誇る伝統の味ですね。

都会で生きるということ

画像引用:© 1999 PLYWOOD PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED

この物語の主人公ゴースト・ドッグは何故侍として生きようと思ったのか?

映画ではそれについての直接的な言及はありません。

孤独な暮らしの彼には家族や恋人の影は無く、

以前はどんな事を生業にしていたのかも分かりません。

ただ暴漢に殺されそうになっていた所を、

イタリアンマフィアの男に助けられたので家来として忠義を尽くす。

それに至る過程の説明は大胆に省かれています。

そもそも人間は己の幸福の為に生きるものです。

その為に働き、努力し、成長しようとする。

しかし侍とはまず己を捨てるという所からスタートするもの。

ただただ主君に尽くす事を存在意義とする。

全く理解不能で理不尽な事ですが、

これを現代の社会に異物として投入してみると、

意外な事にそれが「クール」な生き方に見えてくるのです。

欲にまみれた街の雑踏の中で、ただ一点にのみ集中したミニマムな生活を送る。

都会の中で己の姿を闇に埋没させて私欲を封じる。

亡霊の様なこの主人公の生き様が孤高のストイックさで強調されていく時、

そこには私達が日常の中で失いつつある心の平安が存在します。

信じる者は救われるという言葉がありますが、

武士道という「道」を得た人間の強さを目の当たりにして、

我々はそこに崇高な者の姿を認めるのです。

多様な文化の融合を感じたい時に観る映画。

ジム・ジャームッシュ監督は長いキャリアの中で、

様々な異物を映画界に注入し続けた作家です。

犯罪者やアウトロー達を悲哀を込めて描いたピカレスク作品で、

人間の滑稽な弱さをある意味賛美することで独特の浄化作用を促してきました。

誰しも社会の中では不安定に生きているもの。

それを笑い飛ばす事で美しさを表現しているのです。

ジム・ジャームッシュの作品が皆時を経ても古びれないのは、

根源的な所に常にフォーカスしているからなのかも知れません。

それは作家として天性の才能と呼ぶしかないものだと思います。