コメディ映画

映画【マルコヴィッチの穴】おつまみ【ハムレタスサンド】

画像引用:©PolyGram Holdings,Inc. All Rights reserved.

この映画はこんな人におススメ!!

●奇想天外なアイデアを目撃したい人

●スタイリッシュな映像を体感したい人

●変身願望がある人

●自分のアイデンティティについて考えたい人

タイトルマルコヴィッチの穴
製作国アメリカ
公開日2000年9月23日(日本公開)
上映時間112分
監督スパイク・ジョーンズ
出演ジョン・キューザック、キャメロン・ディアス、キャサリン・キーナー、ジョン・マルコヴィッチ

他人の人生を疑似体験したい時に観る映画

今作の脚本を担当したチャーリー・カウフマンは、

テレビの世界でシットコムと呼ばれる

短篇シュチュエーションコメディを生業にしていた人物。

奇想天外なアイディアの今作で長編映画の脚本家としてデビューしています。

監督のスパイク・ジョーンズも異業種監督で、

ビョークやビースティ・ボーイズのミュージックビデオの監督として有名な人物。

かれにとっても今作が劇場映画監督のデビュー作となっています。

映画の新しい時代を代表する才能が出会った作品。

それがこの【マルコヴィッチの穴】という作品なのです。

大手映画会社が抱える数多の企画の中で、

特にぶっ飛んでいたであろうこの作品。

名優ジョン・マルコヴィッチの脳内に繋がるトンネルを巡る、

SFともコメディとも付かない摩訶不思議なストーリー。

主演はシリアスなクライムアクション映画から、

感動の恋愛ストーリーまで何でも器用にこなすジョン・キューザック。

ヒロインには1994年公開の【マスク】で人気となったキャメロン・ディアス。

最先端のトレンドに目ざとかった当時のインフルエンサー的な人達に絶賛され、

口コミでその奇抜さが広まっていった今作品。

日本でも業界人の評価から一般の観客へと火が点いた様な印象があります。

それまでの映画界の常識を壊した感のあるエポックメイキングな一作。

時代を経ても古びれないナンセンスな笑いは強力な普遍性も兼ね備えているのです。

人生を変えるワンダーランド

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古くはルイス・キャロルの【不思議の国のアリス】のワンダーランド。

ホメロスの叙事詩オデュッセイアに於ける冥界。

トンネルの向こうの世界と聞いて思い出すのは、

2001年公開の宮崎駿監督【千と千尋の神隠し】の中の八百万の神が集まる湯町。

古今東西の物語に於いて、

こっちの世界とあっちの世界を行き来する作品は数多くありますが、

今作の様な人を喰った様なユーモアに彩られた設定はちょっと見掛けません。

何せトンネルを抜けるとそこはジョン・マルコヴィッチの頭の中なのですから。

このジョン・マルコヴィッチという人選がまた絶妙な所。

日本の俳優で言えば西田敏行や柄本明といった感じの性格俳優のイメージ。

格式高い作品で個性的な演技を披露していた彼が、

まさかのナンセンスコメディで嬉々として本人役を演じるとは。

ワンアイディアの意外性がそれだけでは終わらない説得力を伴ってくるのは、

この名優ジョン・マルコヴィッチの存在感に依る所が大きいと思います。

物語はうだつの上がらない人形師のクレイグ(ジョン・キューザック)が、

7階と8階の間の7と1/2階にある会社に就職し、

不思議なトンネルを偶然発見する事から始まります。

このトンネルを抜けるとそこは俳優のジョン・マルコヴィッチの脳内。

15分間彼の目を通して世界を見る事が出来るという不思議体験への扉が開かれるのです。

早速クレイグはこのアトラクションをビジネス化して、

自分の人生に満足出来ない人達に一時の夢を見せてお金を稼ぎ始めるのです。

誰しもが一度は夢見る、他人の人生体験。

変身願望や成功願望、恋愛願望などを一時的に満たしてくれる夢のマシーン。

しかしそんな商売に勝手に使われている

ジョン・マルコヴィッチは堪ったもんじゃありません。

たった一人しかいないジョン・マルコヴィッチを取り合って揉める、

嘗ては仲睦まじかったクレイグと妻のロッテ(キャメロン・ディアス)。

そしてその両方から想いを寄せられる魔性の女マキシン(キャサリーン・キーナー)。

それぞれの思惑が入り乱れ、

人生を変えたいという願望が暴発していくドタバタ劇が、

人間の業の深さを実にシニカルに表現した見事な展開を見せています。

意外性のおつまみ

今日のおつまみは【ハムレタスサンド】です。

えっ?朝食メニューじゃないのとお思いの方もおりますでしょうが、

意外とサンドウィッチはお酒のお供に合うのです。

我々はそもそもパンとワインという組み合わせに目が無いのですが、

シンプルなハムレタスサンドであれば、

その絶妙な塩気が実にお酒にマッチしてしまうのです。

今回はパンにマスタードとマヨネーズを塗って、

チーズを少々一緒に挟んであります。

是非騙されたと思って白ワインと共に食してみては如何でしょうか。

人類の永遠の夢

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一見すると荒唐無稽な不条理劇に感じる今作品も、

実は人間の存在の命題に根差した普遍的なテーマを内奥に秘めているのです。

現代では誰もがSNS上で自分では無い架空の人物に成り済ます事が出来ます。

それは実体の無い存在ですが、

匿名性という笠を着て誰かのフリ、成功者のフリ、異性のフリをする事は容易でしょう。

アカウントの乗っ取りなんかも社会問題化していますが、

今作の脳内乗っ取りなんていう技術もこの先実現可能になるかも知れないと考えると、

恐ろしい先見性を感じたりします。

しかし翌々考えてみればそもそもが役者という職業は他人のフリをする仕事。

それを極めたジョン・マルコヴィッチという存在は成り済ましのプロとも言えます。

私達観客も役者が演じる架空の人物に己を重ね合わせ、

勝手に歓喜落胆を繰り返し、感情移入という名の同調行為を試みているのです。

つまり誰しも他人になってみたいという欲望は古今東西あるという事なのです。

この辺の根源的かつ普遍的なテーマを荒唐無稽なストーリーの中に溶け込ます所が、

チャーリー・カウフマンをして天才脚本家たる所以なのでしょう。

人間の飽くなき欲望は人生の疑似体験という夢に向かうのですが、

映画や小説などもこれをある程度満たす為に存在するもの。

メーテルリンクの「青い鳥」ではありませんが、

幸福は気が付き難いが足元にあるという事なのかも知れませんね。

何事も身の上をわきまえぬ欲は身を滅ぼすものです。

他人の人生を疑似体験したい時に観る映画。

シュチュエーションコメディとは特定の状況に追い込まれた登場人物の、

右往左往で笑わせる形態ですが、

今作の笑いの中にはやや人間の欲深き恐ろしさも描かれていて、

主人公のクレイグが自分を見失ってしまう成れの果ては少し辛辣過ぎる所もあります。

どうしても人間と言うのは理解を深める前に争ってしまうものですから、

せめて映画の中の夢物語ではグッドエンディングを迎えて欲しいものです。

とは言え今作の鋭い風刺性とエンターテイメント性にはずば抜けたものがあります。

時が経ってほとぼりが冷めそうになった時に

また自らへの訓戒として再鑑賞してみるというのもおススメです。